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200704

地中海の朝

スペインにて。
海に出る機会があった。
5時前には起きて,眠い目をこすりながらホテルを出た。

地中海

港での一枚。
やっぱりどこか日本とは違う。

曙光1

出港してしばらく経つと,雲の間から太陽の光が射し込み始めた。
下から上へ,光が雲を突き破ろうとしているみたい。


曙光2

雲が海への光を遮ろうとしている。
雲の上の色と海の上の色。


しばらく経つと快晴となった。

その後,船長からのOKをもらい,船から地中海に飛び込んだ!

予想以上の寒さと大きなうねりで死にそうになったのは秘密...


ちょいと宇治まで

先週末,京都に行ってきた。
土曜の夜は先斗町でお酒を呑んで,日曜のお昼過ぎから始動...
京阪電車に乗って宇治に向かう。

宇治川のほとり

桜は終わってたけど,宇治川沿いを気持ちよく歩く。
二日酔い気味のボクを風が優しく撫でてくれた。

なんて花?

桜の代わり?にこんな花が目に入った。
なんて名前でしょ?
平等院

たどり着いたのは光射す平等院。
教科書でしか見たこと無かったんで,しばらく歴史に浸った。

本堂にも入ったけれど,もちろん写真は御法度。
説明によると,鳳凰堂内は当初,極彩色で彩られていたらしい。
鳳翔館という資料館でCG再現されていたが,すごいポップ。
ボクの中での平等院鳳凰堂の概念が変わった。
鳳凰堂

こんなアングルからみるのは当然ながらはじめて。
池に写っているのもいい感じ。

鳳凰

鳳凰堂と呼ばれる由来の1つ。
凛々しいお姿。
もう1羽と正面から見つめ合っている。

短時間ながら,かなり満足して帰路についた。
途中で抹茶ソフトクリームを食べて(なんつっても宇治だし)。

帰りの電車の中で,お財布から10円玉を取り出してみた。
そこに彫られた平等院,その屋根には,しっかり鳳凰が立っていた。

主人公は僕だった(Stranger than Fiction)

Stranger Than Fiction Stranger Than Fiction
Original Soundtrack (2006/11/07)
Columbia/Sony Music Soundtrax

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↑これは映画のサントラ。

☆映画の中身を全く知りたくない方はご注意下さい。
☆結末とかは書いてませんが,あらすじはあります。
☆ちなみにあらすじの情報量は公式サイトにも出ている程度でした。


新作映画の紹介記事にある写真だけをチラッと見て,
後から「あら?なんか見覚えあるぞ」と思った。
「あの記事はどの雑誌に載ってたんだ?」とか,
「でも公開前だしなぁ」とか,
「これ,デジャヴ?」とか,
ポケッと考えてたんだけど,突然わかった。

3月に飛行機の中で見た映画だ。

日本で公開前の作品を紹介するってのもなんだけど,
これがまぁ,素晴らしい作品なんですよ!
なんで今まで忘れてたかね,って感じ。

主人公は税務署?に勤める男。
起きる時間,歯磨き(ブラッシング)の回数,バス停までの歩数,
こんなのが毎日きっちり同じだという異常に几帳面な人間。
ある意味,人間性を忘れた側面がある人間。

ある日突然,その男の頭の中に,自分の行動や感情を描写する声が聞こえ出す。
その声の主は,定評があるけど,長い間作品を出していない女流作家。


そう,主人公の男は,その作家が苦悩しながら書いている小説の主人公。

そして,その作家の作品は必ず悲劇で終わる。

そして,その作家の苦悩の元は主人公をいかにして殺すか,ということ。

そう,主人公の男を待つ運命は,「死」


けれど,主人公の男は恋人ができたり,ギターを弾き出したり,
どんどん人間性を思い出していく。

小説の結末=男の運命

さて,どうなる?


っていうお話だった,と思う(9割方自信アリ)。

俳優さんの名前は知らないけれど,みんな魅力的な演技をしている。
あ,ダスティン・ホフマンも出ていて,重要な役を演じている。

思い出すのは,トゥルーマン・ショー / ジム・キャリー
あれも素敵な作品だったなぁ。

ここまで書いて,ネットで調べてみたら,5月公開らしい。
けれど,邦題が「主人公は僕だった」
これは,どうなのよ…
一応,この記事のタイトルも邦題に合わせるけど…

ともあれ,作品は素晴らしいので,かなりオススメ。
あと,あらすじも間違ってなかった感じ。
ヨカッタヨカッタ。

街と水道橋

アルカサル城の次はセゴビアの街を散策。

水道橋

セゴビアといえばアルカサル城の他に水道橋が有名。
全長700m以上,造られたのは紀元1世紀のことらしい。
壮大なスケール感にクラクラ。
右向け右をして街のメインストリートへ。

セゴビアの街

街並み。
建物が作り出す整然としたラインにウットリ。
ハッと思って回れ右。

街と水道橋

当たり前のように水道橋が見える。
古代ローマの建造物と現在が自然に溶け合う不思議感。

The Alcázar of Segovia 2

窓の外

アルカサル城からの眺め。
切り取られた風景。
丘の上の街に続く道。

城と空2

そして空。
ボクはこんな写真を撮るのがつくづく好きみたい。

The Alcázar of Segovia

アルカサル城

スペインのセゴビアにて。
アルカサル城。
シンデレラ城のモデルになったお城らしい。
とっても優雅なお姿。

城と空

遠くから見るだけってのもアレなんで,実際に行ってみた。
その屋上?からの一枚。
お城も空もキレイだったなぁ。

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★以下には多少のネタバレ及び批判的意見を含む可能性がありますのでご注意下さい。


正直,全く期待を持たずに見始めた。

なぜなら,この監督の作品である「踊る大捜査線」が好きじゃないから。
幾ばくかの期待を持って「踊る...」の映画は見たし,最近続いていたスピンオフ物までもチェックはしていたのだが,やはり期待は裏切られ続けたから。

この人の作品で特徴的なのは,強いエンターテイメント性だ。
劇中劇があったり,コンピュータ画面的な雰囲気での状況説明など,引き寄せる力は強い。
特にそれが予告編に強く反映されて,多くの映画がそうであるように,予告編が一番面白い,ということになりがち,という印象を持っていた。
でも面白い予告編見るとやっぱり期待しちゃって,本編も見てしまうんだよなぁ。

なんてことを思いながら見始めたんだけど,本作品はなかなか良かったと思う。

ストーリーの展開は悪く言えばありきたり,よく言えば安心して見られる,というもの。
題材を「うどん」に,舞台を「香川」にしたことで,新奇性を出している。
「香川のうどん」自体にすごい魅力があって,その作り方,作っている人々,わかりにくいお店,食べ方,食べている人,等々を見ているだけでもとても面白い。

ボクも以前,香川に行ったことがあるが,うどんの美味しさには度胆を抜かれたし,半セルフサービス的なお店では食べ方もよくわからなかった事をよく憶えている。
仕事で寄った県庁(だったと思うが,市役所だったかな?)の食堂でも,うどんコーナーがあって,セルフサービスになっていたのには驚愕したものだった。
しばらく,うどん打ってみたいなぁ,とか,うどん巡りしてみたいなぁ,とか考えていたもの。

地元の人にとっては当たり前のことが,他地域の人にとってはとっても特殊,っていう好例であり,そこに目を付けた時点で,この作品は,ほぼ成功だったと思う。

また,ブームに踊らされる人々,それによって地域が盛り上がる事の功罪が描かれている所が良かった。
振興を目指す地域は多いが,一時的な「ブーム」では不十分なわけであり,それによる悪影響やその後の話も考えないといけないのだ。
この映画によって,「うどんブーム・讃岐ブーム」は少なからず起きたのだろうと思うが,その実態はどうだったのだろうね。
悪影響を被った地元の人たちや,嫌な思いをした観光客の人たちが,なるべく少なかったことを祈りたい。

そして,完全にブームが去って,讃岐地方が日常に戻ったら(日常から乖離したのかも,戻ってきたのかも,今のボクには知り得ないけれど),それを邪魔しない程度に,ゆっくり,うどん巡りがしてみたい。

と,映画の感想からは離れてしまったけど,まぁ,いいか。

暖冬とヒト

もう冬は終わりだけれど,最近,暖冬という言葉があまりにも当たり前になっている。
どこを基準に「暖かい」と言っているのだろうか。
確かに,以前よりも暖かいと感じるけど,その以前っていうのが寒冬だったのかもしれない。

そもそも,気候は大きな周期を描いて変動しているという説がある。
実は,人間の活動が自然に与える影響は微々たるものかもしれないのだ。
もちろん,人間が自然環境を破壊してきたのは厳然たる事実である,ということは踏まえた上での考えであり,自然そのものが持つ周期的変化に比べれば,人間が与える変化は相対的に小さいのかもしれない,ということ。
人間が与えた影響も十分に問題であり,当然対処は必要だ。

元々「環境に優しく」とかいう表現に対し,なんておこがましい,という気持ちを抱いてきた。
これは人間の持つ影響力を過信した言葉ではないだろうか。
人間が自然環境に優しくするのではない。
自然環境の方が優しく厳しく人間を包み込んできたのだ。
ここ数百万年もの間,人類が地球上で生活できていること自体が奇跡的であり,いつ暮らせない環境になったとしても不思議は無い。
長いスパンで見れば,地球に新しい生物が生まれたり,絶滅したり,そんなことが繰り返されているのであって,人間のために地球はあるのではない。

そんな中,限りある資源を利用させてもらって人間は暮らしているのだから,謙虚な感謝の気持ちを持って付き合うのが正しい態度だと思う。
八百万の神という考え方や,漁業者による海や資源への敬虔な態度,食べ物に感謝して手を合わせてから食べる習慣など,日本にはそんな考え方や風習が色強く残っている。
少々脱線したが,そんなことを考えてきたこともあり,人間が自然環境に与え(う)る変化は相対的に小さい,という考え方は自分的に腑に落ちるのだ。

数十年のスパンで考えるような短期的思考や,CO2及びそれを増加させる人間の行動に全ての原因を押しつけるような短絡的思考は,理解しやすいが故にすごく強い説得力を持っている。
それは1つの要因であるかもしれないけれど,それで全てを説明できているとは考えにくい。
加えて,物事の裏には利害関係もある。
注意して考え,行動しなければ。

んー,なんか説教クサイ文章になってしまった。
そんなつもりは無いのだけど。
とにかく,暖冬という言葉を聞いて,こんなことを考えたということ。
人間の行動を過信せず,その上で,限りある資源を効率的・公平に用いる仕組みを考えていかないとね,という当たり前の事を言っているだけなのである。

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